2007年4月10日火曜日

寛ぎの技法3 アのトーン

 前記事「寛ぎの技法2」の続きとなってしまうが、今回は真言密教を中心に探求してみよう。弘法大師、空海が日本に伝えた密教である。その名の通り、真言、言霊、そしてマンダラを通じて、真理を見いだそうとした密教である。タントラ仏教と言ってもいいかも知れない。現代の“波動力学”としても、この上なく面白い。


 真言密教では、言葉の起動の一点、始まりの音として「ア」の音を捉えている。
それは、”意識そのものの生起” として観る。
万物の起源的なものとして捉えている。
「アッと驚く、為五郎。」ではないが、金剛乗、大乗仏教では、「アのトーン」は、“大日如来の第一声”とされている。
この音から、意識が生じ、宇宙、全存在が認識される。

 サンスクリット的、言霊の意味としては、無的、しかも無であって、経験的な存在を否定する音である。そしてそれは只の無ではない。又、只の否定音でもない。生命の神秘を秘めたトーンだからである。
無は深い意味において、“有”なのである。
タントラ、タオ、ヒンドウー、仏教共通の体験的な解釈である。
サンスクリット語では、「アのトーン」は、否定を表す接頭辞となっている。
日本語だと、非、不、無という接頭辞にあたる。
こじつけだが、ヒ、フ、ミ(ム)とも読める。

 例えば、“アナッタ”、無自己という意味である。
それは、ゴータマ・ブッダが、存在の意味、存在そのものを見いだした境地。
仏典に依れば、『サンスクリット語の「阿字」、アルファベットの最初の一字を、衆字の母とし、一切の語音を聞く時、「阿の声」を聞くが如く、一切の法(ダルマ)の生起を見る時、本不生際を見る。』とある。
一寸難しい言葉だが、意味は、「意識が意識として働き始め、存在が存在として現れ始めようとしている時に、“無“から”有”への、微妙な転回点に、必ず言葉が、「アのトーン」の形で現れ、存在の、自己文節は進み、一切万有にまで転回する。」と言う事になる。
この事は、はるか、仏教以前に、タントラに依って発見されていた事でもある。

無や、ゼロを発見した人も偉いが、「アのトーン」の不可思議、“妙”を発見した先達は偉い。
母なる音、母音の発見、エネルギーの発見である。
同時に、意識、存在の始源である、
この次元には、寛ぎと始まりがあるのだ。

 一時的ではあっても、社会性、反社会性を超えた、無心の安らぎがある。
この深層意識的な言霊は、宇宙的母性と言ってもいいかもしれない。
勿論、この音(アのトーン)は、仏教、ヒンドウーのみならず、イスラム、ヘブライを始め、世界中に見られる普遍的な現象となっている。
これは、説明が難しいが、私なりには、表層意識の経験的な世界、事実的世界をそのまま、存在世界のリアリティーとして見るのではなく、底辺に、そのリアルな姿として、真実世界、深遠な部分として、認識しているのである。
その調和を持って、“善し”とするのだと思う。

 無の探求を通じて、無が有に変換する妙も知った。
その転回点が、“言葉”となったと言われている。
禅の無彩色文化、無の無色性と、チベット仏教、真言密教のマンダラや言霊の躍動する鮮やかな彩色文化の対比の妙にも見られる如く、「ア」と言うトーン(音)は、言語的世界と非言語的世界との接点にある、という事になる。
「ア」のトーンの力は、呼吸と密接に関連し、タントラ、ヨーガ、チベット仏教、ヒンドウーではサンスクリット語の“プラーナ”、或はチベット語で“ルン”と呼ぶ。
チベットで“勝利のマントラ”と言われる所以である。
基盤にたどり着いた、という事である。

          オーーーーーム アーーーーー フーーーーーン。

 自分の経験界の多色性を、一旦“破壊”して後、原色的に純粋とも言える、マンダラのような、彩色文化が新鮮なイメージとして現れる。
躍動が現れる。
丁度、“ダンシング・シヴァ”の姿(前のブログ、“能と世阿弥とドウンドウーミ”を参照の事)に特徴的に現れている。
意識が躍動する。

 マンダラの鮮やかな彩色性は、存在エネルギーの感覚化と捉えられている。
無から生じた音から、言葉が生じたという事になる。
“音と光”と言う波動の成り立ちを表している。

 この状況に、静かで生き生きした次元にあると、人は神ではないが、別に神でなくとも、“光”と言えば、“光”が現れる。創造性そのものを知る事が出来る。
“日”と言えば、“日”、“月と言えば月”があらわれるという事が如実に感じられる。
少なくとも、何であれ、意識の上に、“イメージ”として沸き上がってくる。
若し現実化すれば、日本で言う、言(コト)は事(コト)という事になる。
無我、無心であれば、そして観る事が出来るものには、観えてくる。
全ての始まりは、無にあった。全てはそこから展開する。

 日本語のアイウエオもサンスクリット語やヨーロッパ語のアルファベットも「ア」から始まり、子音を交えて宇宙が展開する。アカサタナハマヤラワ………。
新たな子音結合で新語が生まれていく。そして、今、言葉が乱れ飛ぶ現代でこそ、“原点の安らぎ”をも知ってほしい。寛ぎも然りである。