2006年10月27日金曜日

織られたメロディー(Song of Web Tone)


 タントラの語源は、織る(トラ)と言う言葉と、広げる(タン)と言う二つのサンスクリット語で出来ているそうだ。それは、地上最古の言語だ。

それは、意識の織物、縦糸と横糸とを織り込み、拡張する、という意味にもなる。

 一方、英語のWebには、織られた布地、と言う意味が語源となっているそうだ。

それが、今や、インターネットのワールド・ワイドなWeb となっている。

Web には、そのような意味がある。そこに最古と最新の出会いが在る。

 織物には、デザインされた意味や言葉がある。

パターンや模様、色合いにはメロディーがある。

自分たちの部族の象徴でもあった。そこに文化的な誇りがあった。

織物の美しさ、見事さ、技術力の高さは別にして、ここに幾つか紹介しているものの他にも、花、動物、魔物(ガルーダ、竜、鳳凰)、そして何千年にも渡って受け継がれてきた、伝統的に受けつがれてきたアラベスクのような、モチーフがある。

それは、織る人の環境、スピリチュアルな信条や心情をあらわしている。

そこから、メロディー、ハーモニー、リズム、そして歌が生まれてくるのだ。

織物は、文化の源なのだ。

 勿論、伝統的な織物は、糸一本から染め、そして様々な色の糸の組み合わせを織り込んでいく。

大変な手間と時間、労力が必要になる。

いわゆるプリントされた布地は、織物とは言わない。

 これらの織物は、現代の我々とは違う時間のなかで、ラオス、タイ、ミャンマー、アッサム、チベット、雲南、ブータン辺り、文化的にも、今、世界で最も注目されている地域で、伸び伸びと織られてきた。

日本にもそういったものは沢山ある。

 織物は、着物だけではなく、毛布,ショール、織ったマンダラ、ロンジー(ルンギー、巻きスカート)は、全て実用品だったということである。

和服の原点でもある。

実用してこその、晴れ着なのだ。

実に素晴らしい事ではなかっただろうか。

 よく見れば見る程、様々なものがみえてくる。

それは、今では失われつつある文化や、生活のあり方を表している。

そういう訳で、昔の本物の織物は、今ではべらぼうに高い。

宝石以上の価値がある。

暫く前に、あるコレクターのインド(アッサム)のナーガ族の織物を見てきた。

大切に、保管されているようだった。

私も、昔(20年以上も前)、ラオスのお婆ちゃんからもらった、小さな素敵な絹の織物を持っている。宝物だ。

 テキスタイル、織物というと、主に、女性の趣味が中心となるのが常識なのだが、ことアジアの織物にかんしては、様々な文化、歴史、宗教、部族といった複雑な要素が絡み合っていて、男性の研究家も少なくはない。

探究心をあおると言う事もあるし、デザインが魅力的だからだ。

 多くの残された古代の織物は、博物館、タイの企業の応接室、政府高官の居間、

に鎮座し、或は、欧米人が高価な値段で買いあさっている。

それも数すくない。

幸いな事に、まだその卓越した技術は完全に失われてはいないが、昔のクオリティーには及びもつかない。