2006年3月22日水曜日

スモモの生る村。


 今日は、とある「南方浄土」の話。

 クルンテープ マハナコーン  アモンラタナコシン  マヒンタラユッターヤ  マハディロクポップ
ノッパラトラッチャターニブリロム  ウドムラチャニウェットマハサタン  アモンピマーナワダンサティット  サッカタッティーヤウイットサヌークアンプラシット。

 何の事だろう?
何かの、マントラ?
否、そうではない。
これは、バンコックのフルネーム。
世界で、最も長い地名なのだ。

 タイ国の、現王朝の初代、「ラーマ一世」がチャオプラヤ河の西岸、トンブリから、東側のバンコックに都を移したとき、バンコックは、小さな「スモモの生る村」だったのである。

 ここで一寸補足すると、「ラーマ」はヒンドゥー教の「ヴィシュヌ神」の七番目の化身。
又、現在の国王、プミポン国王は、ラーマ9世である。 (初代から数えて、九代目と言う事になる。)
又、[ラーマ」は、「ラーマヤーナ」と言う、大叙事詩の主人公である。
ちなみに、クリシュナは八番目、仏陀は九番目の化身となる。
また、スモモは、ヒンドゥーの「ガネーシャ神」(タイの大蔵省のシンボル)や、「タオ(道)」のマスター、「老子」の好むところと聞き及んでいる。

 タイの王朝は、スコタイに始まり、アユタヤ、トンブリを経て、現在の「クルンテープ王朝」へと続いている。都の建設は、古代の都「アユタヤ」の伝統に従って進められ、「ラーマ一世」は1782、6月13日、新しい都にとって、相応しい, 縁起の良い名前をつけた。
それが、前述の長い、長い、まるで落語の「ジュゲム」の様な、長い名称。
これは、冗談ではなく、昔のひとは、本当にまじめに国のためを考えたに違いない。

 その後、都の建設、寺院の建設は進み、1972、12月14日、「クルンテープ マハナコーン」(天使の都)と短くなって、実用的になった。
一般的には、「クルンテープ]と呼ばれ、今でも使われている。

 特に地方の人は、「クルンテープ」と言う言葉を聞いただけで、目を細めてしまう。  
大いなるロマンを秘めた都の持つ「力」といっていい。
タイの仏教は上座部仏教といい、仏陀が生きていた時代、アショカ王の時代を参考にして、ヒンドゥー教と融合し(仏陀は、ヒンドゥー教にも、神格化されている。それゆえ,ヒンドゥー教の仏陀派も当然ある。)、世界的にも、まれに見る、素晴らしい文化を創りだした。

 日本人が、古都、奈良、京都、鎌倉と言った、或いは、江戸、金沢、仙台のように風情のある都に憧憬を持つ事を、彷彿とさせる。
「都市」というと、政治、経済の中心で、人が沢山集まるところで、何か味気ないが、「都」となると、まるで、ニュアンスが違ってくる。 勿論、言霊が違う。
文化面も強調され、又、単に、近代的に垢抜けしすぎても、風情が失われてしまう。
「粋」がなくては、「都の力」を失ってしまう。中々難しいところだ。
そして、都には独特の落ち着き、華やぎ、そして活気がなくてはならない。
夢がなくてはならない。
その都がかもし出す、心意気が生まれてこなくてはならない。

 「クルンテープ」は現在、50もの地域に分けられ総面積1562.2平方キロメートルと言う広さを持つ。
現在、開発中のマングローブ茂る海岸や、都をめぐらす運河と言う[水の都」の一面を併せ持ち、多くの公園、野生の鳥達が憩う数々の池や沼、そして広大な植物園と、自然に関しては、じつに大きな、豊かな都である。

 国内的には、「クルーンテープ マハナコーン」、そして対外的、国際的には「スモモの生る村」(バンコック)として、ともに、シャム双生児の如く、「南方浄土」を成り立たせている。
宮本武蔵の二天一流のようだ。

 タイやインドの人は別にして、意外と知られていないことがある。
「クルンテープ」の守護神だ。
それは、ヒンドゥー教の主神の一人、そして、仏教の自在天、そして守護神でもある「シヴァ神」なのだ。
何時ものとうり、裸で右手にトリシュール(三叉の槍)を持ち、[マタンガ」と言う勝利を象徴する象に乗っている。
バンコック中で見ることが出来る。 特に、大きな病院とか、政府の観光省のシンボルにもなっている。
つまり、ここも、ヒマラヤ、インドと同様に、シヴァ神の庭、シャンバラ・ガーデンだ。
インドの人が多いのも、頷ける。

 [スモモの生る村」の全体像が少しは見えてきたかもしれない。

              「すももも、ももも、もものうち」