2005年11月1日火曜日

シャンバラ・カフェのテーマ

 シャンバラを一言で言えば,秘境のことである。だが、地図上にその名前はない。
 紀元前の古代から、人々は、ヒマラヤの奥地、ネパール、インド、ブータン、チベットの何処かに、秘密のベールに包まれた,ヒンドゥー、仏教、ボン教の神々や覚者達の秘密の楽園があると信じられてきた。日本の仏教なら須弥山、又中国の人なら桃源郷というかもしれない。シャンバラは正に、人々にとっては、ロマンであり、神秘であり、生命であり、又、夢のような世界のようでもあるそうな。秘境にも色々あって、シャンバラの場合、英知と慈しみに満ちた、神秘が支配する平和で豊かな特別な国と言うか、次元である。そして、そこの住民は、親切で、慈しみに溢れ、又、よく学んでいると言われる。
 
 中国語で書けば、「上原」と書けるかも知れないが、シャンバラの意味はヒンドゥー教に依れば「シヴァ神の領域」といわれている。かつて、チベットに仏教が入る以前に、西チベットにシャンシュン王国があったと聞いているが、その関係性は、今のところ、定かではないと言う。
 仏教に於いては、ゴータマ・ブッダが、最初のシャンバラの王、ダワ・サンポーに、上級で、最も深遠な、タントラの教え(カラチャクラ・タントラ)を伝えたと言われている。その教えに基づき、全てのシャンバラの住人は、瞑想を学び、慈しみの道を歩みつつ、全ての生命あるものを尊ぶ人々であるそうな。

 ある仏教のテキストに依れば、シータ河と言う河の北側にあるといわれる。又、聖山、カイラス山(ヒマラヤ連山の北側、現在のチベット領内に現存する)の近くにシャンバラ王国の入口があると言われている。只、その入り口や、道筋は、霊的(スピリチュアル)な力を持った人にのみ、開くと言われている。又、別の伝説に依れば、シャンバラは、数世紀も前に地上から消えたと言う。そして、その時点で、全てのシャンバラの住民たちは、光明を得、同時にシャンバラは地上から、天上界へと場所を移し、今でも、人々の信仰を集めつつ、遙かの高みから見守っていると言う。そして、何時か、地上に危機が訪れる時、再び地上に戻ってくると言われる。そのことは、ダライ・ラマがインドのダラムサラに居を構えることと何か関連があるのかも知れない。
 ヒンドゥー教に於いては、カイラス山は、シヴァ神の聖地。5000年もの昔から、瞑想の神、医学、音楽、文化の神、シヴァ神の聖地。また、ボン教に於いては、開祖シェンラブ・ミウォー(紀元前1856年に生誕)が、丁度、日本の高天原の様に、天孫降臨したと言われている。

 うれしい事に、シャンバラは、エルサレムと違って、三つの宗教が、仲良く連立して、互いに敬い、引き立てあっていることが、なによりも嬉しい。

 シャンバラの伝説は、当然今に始まったことではないが、ヒマラヤ、チベットを中心に、アジア一帯、インドシナ半島、インドネシアにまで伝わっている。伝説を求めて、1970年代から欧米や日本、あらゆる国から、シャンバラを求めて、地球規模で、探求者たちが動き始め、ヒマラヤ周辺、チベットを目指し始め,未だにその動きに衰えはない。

 人々は、世紀末を目前に控え、かつての物質文明や、既存の宗教に納得がいかず、新たな、そして無形の豊かさを求め始めている。それは、本当のリラクセーション、魂の復活、本当の自分、創造性、心の平和、そして、「生」の意味を求め始めた。 論理やセオリーに従って、事を進めようとする人は、中々「核心」に到達しない。そこで、シャンバラ・カフェに於いては、「核心」から、出発したいと思う。

 シャンバラは、生にとっての永遠のテーマであり、理解できた人にとっては「答え」とも、「悟り」、或いは「生の意味」を知ることにも繋がる。

 シャンバラ・カフェは、シャンバラや神秘性、リアルな事、に憧憬を持つ、一人の探求者として、これからも、楽しんで行きたいという意向を持ちつつ、様々な人と、神秘的なこと、不思議な事、面白い事に関わって行きたいという意向のネット・カフェ。そこから、何かがクリエイトされ、又、何らかの手助けともなれば、最大の喜びとするところである。

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